大企業の真似をしてSPIを導入する中小企業が陥る罠

「学歴知性」と「社会知性」の残酷な違い
ビジネスの現場において、「優秀な人材」とは一体どのような人間を指すのでしょうか。
有名大学を卒業し、語学が堪能で、筆記試験で高得点を叩き出す人間でしょうか。
それとも、学歴はそこそこでも、現場の空気を読み、理不尽な顧客の怒りを鎮め、キーマンの懐に入り込んで高額な契約をまとめてくる人間でしょうか。
結論から言えば、ビジネスにおいて本当に求められるのは後者です。
しかし、多くの企業(特に中小零細企業)は、採用活動において前者を測るためのフィルターを盲信し、自ら人材獲得の首を絞めています。
この「採用における評価基準のバグ」について、ある歴史的な事例から紐解いていきましょう。
アメリカ国務省が直面した
「エリート外交官」の挫折
かつて、日本の外務省にあたるアメリカの国務省は、外交官の選抜基準について深い悩みを抱えていました。
当初、彼らはイェール、ハーバード、スタンフォードといった一流名門校出身者を集めていました。
2カ国語以上を操り、行政や文化に関する知識も豊富で、高度な交渉術の教育を受けた、まさに「スキルの高い選りすぐりのエリート」たちです。
アメリカは通常、新米の外交官を第三世界の国々に派遣します。
しかし、そこで奇妙な現象が起きました。
赴任して2〜3年で、現地と素晴らしい関係を築き上げて成果を出して帰国する人間がいる一方で、極端な話、国外退去寸前まで関係を悪化させ、完全に潰れて帰ってくる人間が続出したのです。
国務省を悩ませたのは、「大学時代の成績や語学力・研修の評価」と「実際の外交官としてのパフォーマンス」の間に、統計的な相関関係が全くなかったという事実でした。
知識やスキルは必要条件であっても、十分条件ではなかったのです。
スキルでは測れない
「コンピテンシー(行動特性)」の発見
そこで国務省は、ハーバード大学の行動心理学者デイビッド・マクレランドに新しい選抜の仕組みの構築を依頼しました。
研究の結果、現地で高いパフォーマンスを発揮し、成功している外交官には、知識やスキルとは全く別の「3つの共通した行動・思考パターン」があることが判明しました。
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極めて高い対人感受性
肌の色、文化、宗教が全く異なる相手であっても、「今、相手が何を心配し、何に対して怒っているのか」を正確に読み取る力。 -
フラットな人間関係を築けるという信念(ビリーフ)
「相手は劣っている」「理解不能な宗教だ」といった偏見が一切ない。対立(コンフリクト)が生じても、最終的には必ず信頼関係を構築できるという、人間に対する根源的な信頼を持っている。 -
政治的な力学を見抜く嗅覚
組織図のトップが必ずしも実際の権力者ではないことを知っている。その案件における「真のキーマン(フィクサー)」が誰なのかを見極め、そこに直接アプローチできる嗅覚。
これが、現在の人事評価でも使われる「コンピテンシー(高い成果を出す人に共通する行動特性)」という概念の始まりです。
彼らは、語学力や行政知識といった目に見えるスキルではなく、その裏にある「価値観」や「考え方」が優れていたからこそ、泥臭い現場で成果を出せたのです。
「学歴知性」と「社会知性」は全く別物である
この国務省のエピソードは、現代の日本の採用・人事評価にも全く同じことが言えます。
人間の知性には、大きく分けて2つのベクトルがあります。
一つは、5教科7科目で高得点を取り、あらかじめ用意された正解を素早く正確に導き出す「学歴知性」。
もう一つは、人の急所を見極め、相手の懐に入り込み、複雑な人間関係や利害関係を調整して実利をもたらす「社会知性」です。
営業の達人やマーケティングの天才、
あるいは理不尽なクレームを鮮やかに収束させるプロフェッショナルが持っているのは、
間違いなく後者の「社会知性」です。
しかし、実際の人事担当者や経営者の多くは、目の前の求職者が持つ「社会知性」を見抜く目を持っていません。
だからこそ、学歴というわかりやすい数字や、SPIのような適性検査のスコアという「学歴知性」に依存してしまうのです。
大企業の真似をしてSPIを導入する
中小企業の愚かさ
就活市場において、SPIはもはや巨大なインフラです。
数万人のエントリーが殺到する超人気企業が、「足切り」のためにSPIを実施するのは構造上、理にかなっています。
一人ひとり面接する時間などないからです。
しかし、知名度も採用ブランド力も大企業に劣る中小零細企業が、大企業の真似をしてSPIを導入するのは、控えめに言って構造的なエラーです。
SPIで高得点が取れる能力と、名もない中小企業の最前線で泥臭く顧客を開拓し、売上を作ってくる能力(社会知性)は全く別物です。
正解のある問題を素早く解ける能力が、実際のビジネスの現場でそのまま直結するわけがありません。
さらに皮肉なのは、そうやってSPIや学歴を重視して採用を行っている中小企業の社長自身が、必ずしも「学歴知性」で今の地位を築いたわけではない、という事実です。
「社長、あなた自身は今の会社のSPI、満点で通過できますか?」と問われて、
YESと答えられる経営者はどれほどいるでしょうか。
ご自身は、テストの点数ではなく、持ち前の社会知性や政治的な嗅覚、対人感受性でビジネスを成功させてきたはずです。
それにもかかわらず、採用の段階になると急に大企業病を発症し、自社に本当に必要な人材を取り逃がしているのです。
思考停止の「YESマン」が欲しいのか
成果を出せる「人材」が欲しいのか
これから日本は、労働力人口の減少により、かつてない深刻な人材不足に突入します。
その中で、中小企業が大企業と同じ土俵、同じ評価基準(学歴知性やSPI)で人材を獲得しようとするのは、まさに愚の骨頂です。
もちろん、「上からの指示に一切疑問を持たず、思考停止で言われたことだけを正確にこなす従順なYESマン」が欲しいのであれば、SPIで真面目な高得点層を採用するのも一つの手でしょう。
しかし、彼らの「社会知性」は決して高くないことを覚悟すべきです。
自社に必要なのは、テストの点数が高いだけの評論家か。
それとも、泥臭い現場でキーマンを見抜き、関係構築ができる社会知性を持った人材か。
自社のビジネスにおいて高いパフォーマンスを発揮する人間の「コンピテンシー」を言語化し、独自の選抜基準・評価基準という「設計図」を持たない限り、企業が採用と育成のジレンマから抜け出すことはできません。

